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Matthewの備忘録

忘れたときはここを見ろ。何か書いてある。

ソーシャルハッキング力

TOMOYO Linuxの原田さんや半田さんのLKML当初からの投稿と、最近の記事を照らし合わせて、さらに自分が接したことも加えて考えてみると、ソーシャルハッキング力というものが必要だったと思います。確かに、ドキュメントを良く読めということもありました。しかし、もっと身近に先人たちがいたにも関わらず、誰も接触しようとも思わなかったのは不思議というかなんというか、そういう力が劣っていたと思ってしまいます。また、恵まれた通信環境にいても「力」そのものがなければなりません。

ちょっとしたパッチではなく、日本で日本人が機能単位で貢献してきたLinux IPv6プロトコルスタックの改善プロジェクト”USAGI"の開発者などに相談があったら、無駄な投稿をせずにもっと早く採用になっていたかもしれません。当時は、身近にそのプロジェクトのリーダーである村井純教授の教え子の方と親しかったので、プロジェクト関係者との会合の都合ぐらいつけさせることはできたと思います。さらに、その教え子の方と一緒に豊洲までいったのに、そういうアイディアが思い浮かばなかったことを思うと、視野が狭かったように思います。いや、脳内のどこかで気づいている神経組織があったかもしれず、ただ、思いつく神経回路に繋がらなかったのかもしれません。また、TOMOYOの開発者とUSAGIの開発者はYLUGなどで面識があってもおかしくないと思いますが、実際はどうだったんでしょう。

また、昔に書いていたブログを読み直すと、比較的自由な空間と思われがちなLinux KernelとLKMLの社会にも秩序やしきたりみたいなものがあり、大きな差はあれ実際の社会と変わりないものがあるにも関わらず、そういうことを指摘できずにいる自分がなんだか実際の社会でもダメ過ぎる人のような気がして凹みます。

原田さん達のお陰で勉強になりました。OSSTOMOYO Linuxのお陰で、某大企業にしては小さなプロジェクトですが、OSSであるためにプロセスをほとんど一部始終見ることができ、見聞きするだけでなく、当事者と一緒に考えたり、意見交換までできてしまっていたのはすごいことだと思っています。昔NHKで「プロジェクトX」なんてのが放送されて、製品やプロジェクトに一瞬でも感情移入できて興奮していましたが、あれ以上に興奮してきました。しかし、まるで自分が実際に携わっているような感覚でいられるような時代にこそ、当事者にしろただの利用者にしろ、人間力というか社会に対するハッキング力は必要だと思います。やはり、ネットの向こうやソースコードを書いた人やプロジェクトを維持している人たちは人間なのですから。そして、TOYOMO Linuxはもっと使われるべきだと思います。

・・・と、偉そうに書いてみました。